クマシネぶろぐ

クマシネとは神に捧げるお米のこと

福島県の古代史

なぜ南相馬市には三嶋神社がふたつもあるのか?

こんにちは。くましね薫です。 私は、地元の福島県の古代史を解明し、その発表の場としてこのブログを開設しました。 kumashine369.hatenablog.com kumashine369.hatenablog.com kumashine369.hatenablog.com kumashine369.hatenablog.com kumashine369.hate…

「某発電所」の西にあるもの【大瀧根山の封じられしモノ】

こんにちは。くましね薫です。 前回までは、皇居の鬼門に位置する「某発電所」の土地の歴史について解説しました。 kumashine369.hatenablog.com もう一度言いますが、現在の日本の中心である「皇居」の鬼門である「神田明神」と「寛永寺」の先には、13年前…

富森神社:古代の新地町に出雲族が製鉄を伝えた場所

今回私は福島県新地町の「富倉」という地に行きました。 maps.app.goo.gl なぜかというと、相馬市立図書館にある『口碑福田史』という本に、こんな記述を見つけたからです。 “富倉の神社を富森神社と言う。大昔雑木林の森林が栄へ木炭を製し、製鉄業盛んに行…

福島県浜通りが衰退した原因は稲作伝来である

ここまで、古代の聖地になぜ発電所が設置されるのかについて考察してきました。 kumashine369.hatenablog.com kumashine369.hatenablog.com そう考察していると、ではなぜ古代の聖地だった福島県浜通りはその後、衰退していったのかと疑問に思いました。 kum…

子眉嶺神社と新地発電所の関係(古代の聖地が失われていく)

前回は、福島県新地町にある東北最古の馬神信仰の聖地「子眉嶺(こびみね)神社」に行ってきました。 kumashine369.hatenablog.com 子眉嶺神社に伝わる「姫君と名馬」の伝説を読んで、気になったことがあります。 kumashine369.hatenablog.com それは、「姫君…

子眉嶺神社:東北最古の馬神様「相善神」の聖地

ここまで、蝦夷討伐を行なう朝廷軍と馬神信仰の関係について考察してきました。 kumashine369.hatenablog.com 大陸から渡来してきた騎馬民族である「吉弥侯部(きみこべ)氏」は、自分たちの神である「馬神」を進軍と一緒に東北各地へ祀っていきました。 その…

吉弥候部氏が古代東北に布教した「駒形神」

※この画像はイメージです 前回は、福島県新地町の「子眉嶺神社」に伝わる「馬伝説」を解読し、相馬地方に最初に馬信仰を持って来たのは「豊国物部氏」であると考察しました。 kumashine369.hatenablog.com その豊国物部氏のリーダーである「鹿我別(かがわけ)…

子眉嶺神社の「馬伝説」の暗号を解読する!

※この画像はイメージです 前回は、福島県の相馬地方に伝わる「馬信仰」は相馬氏がこの地に持って来たのではなく、それ以前にこの地にあったと解説しました。 kumashine369.hatenablog.com そこで今回は、相馬氏以前の馬信仰が行われていた福島県新地町の「子…

相馬地方に「馬信仰」を持ってきたのは誰か?

私が生まれ育った福島県相馬市といえば、真っ先に「相馬野馬追」が思い浮かびます。 相馬野馬追とは元々は鎌倉時代に相馬氏の遠祖である平将門が行った軍事演習で、それが今では夏のお祭りとして現在まで続く、歴史あるお祭りです。 相馬地方では、馬とは神…

なぜ相馬市と南相馬市は仲が悪いのか【考察のまとめ】

私は福島県相馬市で生まれ育ち、子供の頃から不思議に思っていたこと。 それは大人たちがよく言う「相馬市と南相馬市(原町市)は仲が悪い」というものです。(原町市とは南相馬市原町区の合併前の自治体名) その内容は、「原町に野馬追取られた」だの、「原町…

南相馬市にある桜井古墳は出雲族が造ったものである!

豊国物部氏による蝦夷討伐の考察シリーズ。 kumashine369.hatenablog.com kumashine369.hatenablog.com kumashine369.hatenablog.com 前回は、古代の南相馬市にやってきた高国行方郡(茨城県行方市)の出雲族のタタラ集団について考察してきました。 kumashine…

古代の南相馬市に移住してきた行方出雲族の集団

豊国物部氏による相馬地方への蝦夷討伐の考察シリーズ。 kumashine369.hatenablog.com kumashine369.hatenablog.com kumashine369.hatenablog.com kumashine369.hatenablog.com 前回は、南相馬市の川沿いに祀られる「龍神」について考察しました。 kumashine…

南相馬市の川沿いに数多く祀られている「龍神」の謎

前回までは、豊国物部氏による相馬地方への蝦夷討伐の考察をしてきました。 kumashine369.hatenablog.com kumashine369.hatenablog.com kumashine369.hatenablog.com では、その考察に入る発端となった、南相馬市の真野川・新田川の川沿いに「龍神」が祀られ…

押雄神社と御刀神社:豊国物部氏が南相馬市に祀った「武器の神様」

豊国物部氏による相馬地方への蝦夷討伐考察シリーズ。 kumashine369.hatenablog.com kumashine369.hatenablog.com kumashine369.hatenablog.com 今回は、その豊国物部氏が相馬地方に創建した神社を紹介します。 今回紹介する神社は、「押雄(おしお)神社」と…

なぜ豊国物部氏は福島県相馬地方を「浮田」と名付けたのか?

豊国物部氏による福島県相馬地方への蝦夷討伐の考察シリーズ。 kumashine369.hatenablog.com 前回は上毛野国(群馬県)からどのようなルートで相馬地方へ進軍したかを考察していきました。 kumashine369.hatenablog.com 利根川〜海路ルートを進軍し、豊国物部…

豊国物部氏による福島県相馬地方への進軍ルートを解き明かす

これまで豊国物部氏による蝦夷討伐を考察してきました。 kumashine369.hatenablog.com では、彼らはどのような道をたどって進軍したのでしょうか? この時代の東北地方の資料というのは本当に少なく、わからないことだらけです。 なので、今回の考察は完全に…

鹿我別王は神功皇后と同じ「アメノヒボコ」の血筋である

前回は、上・下毛野国(群馬県・栃木県)に追いやられた豊国物部氏について解説しました。 ↓前回 kumashine369.hatenablog.com ↓前々回 kumashine369.hatenablog.com では、ヤマト朝廷に追いやられた豊国物部氏が、なぜ最初の蝦夷討伐を任され、そのリーダーで…

蝦夷討伐は福島県相馬地方から始まった!

前回は、南相馬市に伝わる猿田彦の伝説から、古代にこの地にいた出雲族について考察しました。 kumashine369.hatenablog.com しかし、原住民と出雲族の暮らしは長くは続きません。 それは、福島県相馬地方でヤマト朝廷による蝦夷討伐が始まるからです! 東北…

古代の南相馬市に降臨した猿田彦の伝説

前回は、南相馬市に多く存在する「綿津見神社」は、江戸幕末までは「八竜神」であったことが判明したことを記述しました。 kumashine369.hatenablog.com では、なぜ南相馬市の真野川、新田川沿いに集中して八竜神が建立されているのでしょうか? この説明に…

古代の南相馬市に海洋民「安曇氏」は来ていたか?

前回は、石川県の志賀町から能登半島は古代の聖地であると考察しました。 kumashine369.hatenablog.com その考察途中で「志賀(しか)島」という島を紹介しました。 kumashine369.hatenablog.com 志賀島は、福岡市東区にある島で歴史上とても重要な場所です。 …

超古代シネハ物語

これは私の想像の物語。 超古代の志禰波(しねは)の地は、現在よりも海水が上昇し、山と海の距離が近くにありました。 志禰波の地とは、現在の福島県双葉郡を指します。 陸地は森で生い茂り、人々はわずかな空いた土地に住居を構えていました。 特にクマ川周…

なぜ福島県新地町の「手長明神」は「住吉の神」なのか?

↑鹿狼山 前回までは『もののけ姫』の考察を長々としてきましたが、今回は1回目に戻り、福島県新地町の鹿狼山に伝わる「手長明神伝説」について、もう一度考察していきたいと思います。 kumashine369.hatenablog.com 『もののけ姫』の考察をしていった結果、…

『もののけ姫』考察②手長明神とナガスネヒコとサルタヒコとアシタカヒコ

前回は、福島県新地町に伝えられてる巨人伝説「手長明神伝説」は、宮崎駿監督作『もののけ姫』のキャラクターのモデルではないかと考察しました。 kumashine369.hatenablog.com そして、この新地町の伝説は、この地の原住民である「出雲族」をお伽噺として語…

『もののけ姫』考察①福島県新地町に伝わる「手長明神伝説」は『もののけ姫』のモデルである!

私が住む福島県相馬地方には、「手長明神」という巨人の伝説があります。 新地町、相馬市、南相馬市原町区にそれぞれ伝説が残り、神社も残っています。 blog.goo.ne.jp maps.app.goo.gl 新地町の手長明神社は現在は存在しませんが、新地町の鹿狼山(かろうさ…

福島県田村市に残る「出雲族」の痕跡

前回は、福島県と宮城県に数多く存在する巨石遺跡から、超古代海洋民族ラピュタ人が住んでた可能性を考察してきました。 kumashine369.hatenablog.com 巨石遺跡を調べる中で特に驚いたのは、福島県田村市の巨石遺跡の多さです。 田村市は大熊町のちょうど西…

福島県と宮城県の巨石遺跡:海洋民族ラピュタ人の痕跡

前回は、熊本県の押戸石の丘の巨石と福島県大熊町の関係から、超古代海洋民族ラピュタ人が福島県に来ていたのではないかと考察しました。 そして、福島県の中通りには巨石遺跡がたくさんあるのです。 kumashine369.hatenablog.com 実は私も今年の夏、福島市…

超古代海洋民族「ラピュタ人」は福島県大熊町を目指したか?

私がこのブログを始めたきっかけは、福島第一原発がある福島県双葉郡(浪江町、双葉町、大熊町、富岡町)は古代の聖地だったのではないか、という状況証拠を発見したことです。 それを証明するためにブログを書いてます。 kumashine369.hatenablog.com ネット…

なぜ出雲口伝から福島県の古代史を読み解くのか?

私はここまで、福島県、主に浜通りの古代史を、出雲口伝から読み解きました。 では、なぜ出雲口伝なのか? 福島県と関係あるのか? まず、出雲口伝とは、日本で最初の王国である出雲王国の王家に伝わる伝承です。 いわゆる出雲族です。 出雲族は4000年前にイ…

東日本にひろがる「あんばさま信仰」は出雲族の信仰か?

以前深掘りをした福島県浪江町の苕野(くさの)神社のご祭神。 祀られている神様は出雲系の神様だと推測しました。 kumashine369.hatenablog.com 『浪江町史』を中心に調べたのですが、苕野神社をネットで調査したところ、全然違う記事がたくさん出てきました…

浪江町の伝承に登場する「阿部」の正体

みなさんこんにちは! クマシネぶろぐの時間です! 前回の記事では、福島県双葉郡浪江町の苕野神社に祀られる五十猛神は、出雲族の地を受け継ぐもので、この地に出雲族がいた痕跡ではないかと書きました。 kumashine369.hatenablog.com では、苕野神社の伝承…