前回は、アシタカヒコが出雲王家の末裔であることを考察していきました。
しかし、アシタカが訪れる「タタラ場」もまた、出雲族のものなのです。
ではまず、劇中に登場するタタラ場がどこにあるか考察しましょう。
タタラ場の候補地としては長野県富士見町と、島根県の山間部が挙げられます。
富士見町がなぜあげられるのかというと、『もののけ姫』のキャラクターに由来する地名が多くあるからです。「エボシ」や「オッコト」「甲六」などの地名があったり、富士見町で採れるキノコを「ジコ坊」と呼んだりします。
長野県はまた、出雲族の王子である建御名方尊が戦いに敗れ追いやられた場所でもあり、彼を祀る諏訪大社があります。
そして、富士見町には宮崎駿監督の別荘があったりと、説得力があります。
しかし私は、タタラ場の場所は島根県にあると考えます。
なぜでしょうか。
そもそも出雲族とは、元をたどればインドから渡来してきた一族です。
なぜインドからやってきたドラヴィダ族(出雲族)は、島根県に王国を作ったのでしょうか。
それは、良質な砂鉄が豊富にあるからです。
4000年前にインドから北上し、シベリアを経由して北海道に上陸したドラヴィダ族。その地で原住民と交わりながら、寒冷化と共に南へ移住していき、最終的に出雲地方に王国を築きます。
そしてドラヴィダ族は製鉄技術をインドから日本に持ってきました。それが「タタラ」です。タタラはインドの言葉「タターラ(猛火)」からきています。
出雲地方にある良質な砂鉄と、北から吹く強風のおかげで、良質な鉄製品を作ることができます。
つまり、劇中で描かれるタタラ場は、出雲族がインドから持ってきた技術であり、その技術が最も適しているのが出雲の地なのです。
ということは、タタラ場や「神々が住む森」は、出雲の地にあるのです。
森に住む神々も「出雲の神」なのです。
日本の古代史を簡単に表すと、
出雲族VSヤマト朝廷
なのですが、実はこの中に、
の戦いも含まれています。
『もののけ姫』もこれと同じ構図です。
(ここで言う「出雲族」の定義ですが、出雲族の血筋、もしくは出雲の技術や伝統を継承するものとします。実際、古代日本には中国や朝鮮からの渡来人が大量にやってきています。なのでこう定義します。)
そしてヤマト朝廷についた出雲族であるエボシ御前たちは、自分たちの神であるシシ神様を殺そうとします。
『もののけ姫』とは、出雲の神を殺そうとする出雲族と、それを阻止しようとする出雲王家の末裔のお話です。
公開当時から「もののけ姫は難解」と言う声が聞こえますが、お話自体は非常にシンプルです。
しかし、出雲族という隠された存在のお話なので、何を描いているのかわからなくなります。だから難解に思えるのです。
出雲口伝の視点から歴史を見ると、謎だった部分があれよあれよと紐解ける一例です。
自分たちの神を殺そうとする行為は、戦後の日本人にも繋がります。
軍国主義につながると言う理由で、日本神話は封印され、天皇は人間になり、神社じゃご利益を願うだけの場所になりました。
そして、目先の豊かさを追求するために自然を壊し、過酷な労働により人々の霊性は失われてきました。
『もののけ姫』は室町時代のお話ではありません。現代の日本人のお話でもあるのです。
では、エボシ御前が殺そうとした「シシ神様」の正体はなんでしょうか?
それは、出雲族の神様である「クナトノ大神」です!
↓次回へ続きます。
参考にした動画
参考文献
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