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『ルックバック』考察:作品に魂は宿り、その魂は生き続ける

この作品に登場する“紙”は、まるで生き物のようです。

鼓動するようにどくどく動き、意志を持っているかのように風に乗って飛んでいく。

 

アーティストにとって、紙もまた命ある生き物なのです。

しかし命だけあっても、それは単なる紙のままです。

そこに魂を注ぎ込むのがアーティストの役目です。

 

現在公開中のアニメ映画『ルックバック』

チェンソーマン』藤本タツキが2021年に発表した長編読切りを映画化した作品です。

私も当時配信された原作を読んで、衝撃を受けました。

 


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以下、ネタバレあり

 

 

 

 

主人公の藤野は、小学校に学級新聞に自身の4コマ漫画を載せる女の子です。

藤野はクラスメイトや親たちから絵を褒められます。

 

私自身も小学生の頃、藤野のように4コマ漫画を描いていました。

なのでこのシーンにとてつもない共感性羞恥を感じてしまいます。

 

封印していた記憶をほじくり返されたような感じで、心の中がむず痒かったです。

 

この作品はいきなり私の感情をかき乱します。

しかし、そういう映画は名作の証拠です。

 

 

話を戻します。

 

しかし藤野は直後に大きな挫折を味わいます。

不登校の京本という女の子が同じ学級新聞にのせた漫画の絵が、とてつもなく上手だったのです。

自分が井の中の蛙だと知った藤本は、それから死に物狂いで絵の練習をします。

 

その瞬間、“紙”が鼓動し、絵に藤野の魂が宿るのです。

 

ここから始まる藤野と京本の友情の物語。

 

このふたりを繋ぐのが、一枚の“紙”です。

彼女たちは“紙”で繋がれ、“紙”に魂を刻みます。

ふたりは共同で漫画を描くのです。

藤野は物語と人物を描き、京本は背景を描きます。

彼女たちにとって、“紙”こそが「世界」なのです。

 

その“紙”の世界が、現実の世界を変えていきます。

ふたりの作品が漫画賞を受賞するのです。

 

ふたりの創作はますます熱が入り、藤野が高校卒業と同時に週刊連載が決まります。

 

しかし、ここで物語は急展開をします。

この世界の真理は諸行無常です。

全ては移り変わっていきます。

 

京本は美術大学に入学を希望するのです。

それは、コンビ解消を意味します。

 

泣きながら別れたふたりは、お互い違う道を歩きます。

 

藤野の連載は好調で、11巻も単行本が出版されます。

しかし、アシスタント選びに苦労します。

 

京本が恋しい藤野。

 

そこに飛び込んできた不幸の報せ。

京本に襲いかかった悲劇。

 

またしても現実が、“紙”の世界を壊します。

 

崩れ落ちる藤野。

しかし死んだ京本は、“紙”を使って藤野を救おうとします。

 

彼女は、残酷な現実世界をイマジネーションで対抗しようとします。

それは厳しい戦時下でイマジネーションに救いを求めた、この世界の片隅にのすずさんのようにです。

 

私たちはここで初めて“アート”の役目に気づきます。

 

魂が宿った作品は、私たちの魂を救ってくれます。

その救済は時空を超えるのです。

 

何百年、何千年前の作品が、私たちを救い、癒してくれます。

 

京本は悲劇の最期を迎えましたが、彼女こそ藤野に救われた存在です。

だから絶対恩返しがしたいと思っていたはずです。

彼女の部屋にあった単行本とアンケートハガキがそれを物語っています。

 

その恩返しこそが、最後に飛んできた4コマ漫画なのです。

あの一枚に込められた魂は、藤野の心にいつまでも残るでしょう。

そして、観客である私たちの心にもです。

 

この友情物語は、純真で、情熱的で、非常に残酷です。

その物語の魂を、さらに何重にも魂を織り重ねて映像化したのがこのアニメ映画です。

 

この作品の魂は、何百年と生き続けると思っています。

 

名作です。