こんにちは。くましね薫です。
今回も縄文時代考察の9回目です。
前回は、日本に帰ってきた製鉄集団「ヤタガラス」について考察しました。
彼らのトップは蛇神を祀る女性祭祀王でした。彼女たちが西日本の各地に集落をつくり、製鉄文化を拡めます。
やがて彼女たちは「三島」という姓を名乗ります。その女性祭祀王のひとり、「オオヤマトクニアレヒメ」は「三島湟咋耳(ミシマミゾクイミミ)神」という神様になりました。
そこで私が疑問に思ったのは、「出雲王国とはいったいなんだ?」ということです。
出雲王国とは、日本神話に登場する、天孫族が降臨する前に日本に存在していた王国です。主に西日本の日本海側で勢力を誇っていたと言われています。
現在は出雲王家の「富家」の末裔である斎木雲州氏が出雲口伝を開示しました。それにより神話の世界が存在してたと我々に衝撃を与えました。
しかし、古代の国々を治めていたのが「三島氏」の女性祭祀王だとすると、また古代史の真相がわからなくなります。
そこで私は出雲口伝を記した富士林雅樹氏の著書『出雲王国とヤマト政権』に掲載されている出雲王の系図を見ました。
すると、初代出雲王の名前はこう記されています。
すがのやつみみ
菅之八耳
なんと、三島湟咋耳神と同じ「耳」の漢字が入っています。
この「耳」とは何か。
三島氏の末裔である、みシまる湟耳氏の著書『ヤタガラスの娘』によると「“耳”とは帝王の尊称」だそうです。「耳」とは「御巳」や「御蛇」という意味だそうです。
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そしてみシまる氏は、「古代大王の条件は三島家へ婿入り」だというのです。
出雲族は、今から4000年前にインドから渡来したドラヴィダ族であると言われています。その渡来人がなぜ日本で王国を築けたか? それは、ヤタガラスの一族である「三島家」に婿入りできたからです。その証が初代王の名前にある「耳」の字です。
出雲口伝の本では、古代は女系社会だと記されています。しかし、出てくるのは男中心の歴史ばかりです。つまり、隠された歴史を開示した出雲口伝にも、隠されていることがあったのです!
それが、女性祭祀王「三島氏」の存在です!
この帝王の尊称である「耳」の字は、支配者の名前にたびたび登場します。
第1回 神武天皇の東征と建国の理想 | 一般財団法人 京都宮廷文化研究所
特に「媛蹈鞴五十鈴姫(ヒメタタライスズヒメ)」との間にできた皇子は、
彦八井耳
神八井耳
神渟名川耳(二代綏靖天皇)
と、見事に「耳」がつきます。
ちなみに媛蹈鞴五十鈴姫は、出雲国の「事代主」と三島家の「勢夜陀多良姫(セヤダタラヒメ)」別名「玉櫛姫」との間の子です(ちなみにセヤダタラヒメは三島湟咋耳神の娘です)。
つまり出雲国王の事代主も、ヤマト国の神武天皇も、三島家に婿入りしたのです。そして、古代の大王へとなったのです。
日本神話では、「出雲の国譲り」で天孫族のタケミカヅチに国譲りを迫られたとき、事代主は国譲りを承知し、逆手を打って青柴垣へ隠れてしまいます。なんとも不思議な最後ですが、これは三島家への婿入りを暗示していたのかもしれません。
古代の日本では、渡来人がこぞって「三島家への婿入り」を目指しました。
人々は女性祭祀王のカリスマに従い、多大な力を発揮していたので、それには逆らえません。それよりも、婿入りしてその力を利用する方が有利だったのかもしれません。
この「女性祭祀王」と「男性統治王」が統治するシステムを「ヒメヒコ制」といいます。
女性祭祀王が神の言葉を降ろし、それを男性統治王が記録する、というシステムです。
古代はこのようなシステムで各地を統治していったのです。
そしてこれこそが、藤原氏が闇に葬った古代の歴史だったのです。
以上は私の仮説です。
あくまでエンタメとしてお楽しみください。
↓次回
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ありがとうございました。